銀行から金を奪ったところで、誰も悲しむ者などいない。
東芝の社員には少し気の毒だが、数日遅れでもボーナスは必ず支給される筈だ。
まして、銀行員に刃物を突き付けたりなどしない。
芝居を打つのだ、一世一代の大芝居で見事に出し抜いて見せる。
そのための伏線として、日本信託銀行支店長宅の爆破予告もしたし、
更にそのまた伏線として、無関係な多摩農協にも脅迫状を送り付けてある。
かくして犯人は「劇場型完全犯罪」計画を、実行に移すのである。
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時事通信より
犯行直後の現場の様子。
下は「第一現場」の今(Google street view)
独りのほうが上手く行く
これより犯人の名前を仮に「裕二(ゆうじ」と呼ぶことにする。
「現金を奪うまでは全て私が独りでやります、皆さんは決して関らないでください」
「最悪捕まったら、私独りが遊ぶカネ欲しさにやったことにしますから」、
「どうかその後は、面倒を見て下さいね」。
神父は冗談交じりにこう応えた。
「解りました裕二、骨は拾ってあげますよ、ホラここに骨壺だってありますから(笑)」。
その骨壺は、後にジェラルミンケースに入れられた「特殊物」である。
警察はそれを見て、真っ先に連想したのが「墓地」だったということだろう。
間違っても、骨壺から「イエス・キリスト」は連想しない。
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「第二現場」の今
国分寺七重塔跡、現金輸送車から「多摩五郎」に乗り換えた所。
裕二は新規個人タクシー開業準備のため、年内一杯でタクシー会社を退職するが、
前年度から繰り越された有給休暇を含めて、事実上11月末日で勤務を終えていた。
犯行の前日である12月9日大安吉日、裕二は東村山市役所で転居届を提出していた。
転居先は宮崎県。 サレジオ会が初めて日本上陸を果たした地であった。
東村山の借家は既に退去手続きを済ませ、家財道具などは全て宮崎の施設に搬送済だった。
犯行前夜、体を休めるための布団と、ボストンバッグひとつだけが残された家。
昼食の菓子パンを頬張りながら、裕二はいよいよやって来る「その時」の準備にかかる。
「さあ、今日は忙しいぞ」。
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「第三現場」の今
東八道路に面したレストラン「すき家」の駐車場になっている。
人生の戦場に赴く時
裕二は盗難車の他に、自前の白いカローラを、普段の通勤用に所有していた。
勿論この車は犯行そのものには一切使わず、「通勤用」として使用する計画だった。
この車の譲渡証を既にサレジオ会に渡しており、
犯行が首尾通り行けば売却して貰う予定だった。
裕二が白いカローラで向かった先は、「第3現場」である明星学苑付近の空き地であった。
そこに車を停めると、裕二は直近の「栄町交番前」バス停から京王バスに乗り国分寺駅へ。
更に中央線の電車に乗って一駅の「武蔵小金井」から再び京王バスに乗車、
第4現場の小金井本町団地へと向かった。
裕二は手早く紺のカローラ「多摩五郎」のシートを外して、国分寺へ向かった。
そして国分寺七重塔跡付近に「多摩五郎」を停めると、急ぎ足で「恋ヶ窪駅」を目指した。
西武国分寺線を利用して一旦東村山の借家に戻った頃には、もう日没を過ぎていた。
裕二は急いでインスタントラーメンを啜ると、再び「出動」の準備にかかった。
庭の物置の扉を外して、隠してあった「偽白バイ」のエンジンをスタートさせた。
偽物であるだけに「移送」は日没後でなければならなかった。
府中街道を一目散に南下し、第3現場の空き地に到着したのは19時を少し回った頃だ。
「よし、最後の仕上げだ」、
裕二は白いカローラから必要部材と工具箱、シートを取り出した。
ここで「トラメガ」と「赤色灯」、そして白いペイントを施したクッキー缶をバイクに装着、
「偽白バイ」を完成させる作業に取りかかった頃、ポツポツと雨が降り始めていた。
この作業は近隣住人によって目撃されている。
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「第四現場」の今
犯人が多磨五郎などの盗難車を保管していた、小金井本町団地駐車場。
眠れぬ夜
自前の白いカローラで帰宅した裕二は、体を休めるために布団に包まっていた。
「やはり眠れない… 仕方がないか」。
翌朝、定刻に自前のカローラで「小金井本町団地」へ出動。
日野市の料理屋から盗んだ、緑色の「第1カローラ」に乗り換えて国分寺へ。
多摩五郎と偽白バイのエンジンをスタートさせておく事。
国分寺北口へ移動、日本信託銀行から現金輸送車が出発するのを見届ける事。
車で先回りし、必ず現金輸送車の前を走る事。
国分寺街道の下り坂で見失うことの無いよう、バックミラーは縦にしておく事。
裕二は犯行の手順を反芻しながら、あることが気になっていた。
「工具箱を現地に置き忘れて来てしまった、それに…」、
「赤色灯の固定が針金だけではグラグラしていたな、念のためガムテープで補強しよう」。
引っ越しの荷造りに使用したガムテープを、ボストンバッグから取り出した。
「上手く行くさ、俺は怖いものなど何も無いんだ、必ず上手く行く…」。
「多摩農協に脅迫状を送ってから、もう何か月も経つ、警察は俺を嗅ぎつけられない」。
「それどころか、一年前の盗難車ですら…、捕まるものか」。
日本犯罪史上最大といわれる「事件」が、間もなく行われようとしている。
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報道写真に度々登場していた小金井本町団地の児童公園。
遊具は一新され、あの「ブランコ」もリニューアルされていた。
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