緊急事態! 悲しみに沈む東村山

シェアする

直接お会いしたことなど一度も無いのに、
何故か親しい人を失ったような、
心にぽっかりと穴が空いたような、
そんな沈痛な心境が今も続いている。
多摩地域の出身で、最も有名な芸能人、
志村けんさんが亡くなってしまった。
まさかのまさか・・・ である。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

『全員集合』は自粛しないと

3月30日夜、仕事帰りに通り掛かった東村山駅前。
既に献花台が設置されていた。
「本当に亡くなってしまったんだ」と思った。

こともあろうに、新型コロナで亡くなってしまうとは、
誤解を恐れずに言えば、「志村さんらしい」最期だったとも言えよう。
小池知事ではないが、功績といえば確かに功績かも知れない。
しかし、コロナウィルスの危険性を世に示したのではなく、
今から何年か経って後、「俺はコロナで死んだんだ」と、
笑い話のネタを世間に提供してこの世を去った。
やはり究極のお笑い芸人だったのだと、現世に言い残して。
そのためには、遺された者たちはコロナに打ち勝ち、
コロナで死ぬ奴は「バカ殿」くらいだと。
そういう時代を必ず築けよと、志村さんは言っているのかも知れない。

我々は今暫く賢明に行動しなくてはならない。
酒場や満員電車など「三密」を避けなければならない。
京都の大学生たちは、全くクライシスの意識が無かったのか、
卒業旅行に懇親会、飲み会三昧でクラスメートがクラスターと化した。
時期的に別れと出会いの季節ではあるが、
肝に銘じて、「全員集合」は避けなければならない。

コロナの勝手でしょ

志村さんがドリフの正式メンバーになった頃、私は高校生だった。
どちらかというと加藤茶さんの「ちょっとだけよ」の世代である。
その当時からドリフの人気は凄まじいものがあったが、
志村さんの「カラスの勝手でしょ」の盛り上がりは強烈だった。
小学校では音楽の授業で「教科書通り」に唄う子は皆無で、
「授業にならない」と、職場放棄する教員が後を絶たないと、
そんな報道があったのを記憶している。
そんな教員たちも今では殆どが引退しているのであろうが、
この訃報に接して何を感じているだろうか?
「ざまあみろ」と思っているのか、
それとも自らの器の小ささを省みているのか。

志村さんの感染経路は現時点で不明であるという。
『どこでどう感染しようがコロナの勝手』にさせてはならない。
ワクチン、治療薬の完成が待ち遠しい。
決して爆笑コントにはならないが、
せめて志村さんの死が、我々の明日を照らす灯となりますように。

何でもコロナのせいにするな

4月3日、再び東村山駅前を通りかかった。
良く見ると献花台の横に「献花ご遠慮ください」という看板が。
これは一体どういうことなのか?
看板が取り付けられている木は、いわゆる「志村けんの木」だと思う。
志村さんが亡くなったことを知って、
この木の周りにお供え物を置く人が出始めて、
それで急遽横に献花台が設置されたといういきさつなのか?
それなら看板の文章はもっと他にあるだろうに・・・。

要するに、歩道に直接置かれたら通行の妨げになるので、
献花台へどうぞ・・・、ということか?
「それならそのように書け、コッパ役人が・・・」と思う。
因みに地面に直に献花するとコロナ拡大のリスクが高まり、
献花台なら安全? そんなバカな。
何でもコロナのせいにするんじゃねーよ。

志村けんさんのご冥福をお祈りいたします

JR中央線の三鷹-立川間の高架化が終わったのが、 2010年の事でしたが、長い間分断されていた南北の町が、 とうとうひとつになって、多摩...

スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク