三億円事件の五十年 vol9 犯行前夜

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銀行から金を奪ったところで、誰も悲しむ者などいない。
東芝の社員には少し気の毒だが、数日遅れでもボーナスは必ず支給される筈だ。
まして、銀行員に刃物を突き付けたりなどしない。
芝居を打つのだ、一世一代の大芝居で見事に出し抜いて見せる。
そのための伏線として、日本信託銀行支店長宅の爆破予告もしたし、
更にそのまた伏線として、無関係な多摩農協にも脅迫状を送り付けてある。
かくして犯人は「劇場型完全犯罪」計画を、実行に移すのである。

時事通信より
犯行直後の現場の様子。
下は「第一現場」の今(Google street view)

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独りのほうが上手く行く

これより犯人の名前を仮に「裕二(ゆうじ」と呼ぶことにする。
「現金を奪うまでは全て私が独りでやります、皆さんは決して関らないでください」
「最悪捕まったら、私独りが遊ぶカネ欲しさにやったことにしますから」、
「どうかその後は、面倒を見て下さいね」。
神父は冗談交じりにこう応えた。
「解りました裕二、骨は拾ってあげますよ、ホラここに骨壺だってありますから(笑)」。
その骨壺は、後にジェラルミンケースに入れられた「特殊物」である。
警察はそれを見て、真っ先に連想したのが「墓地」だったということだろう。
まかり間違っても、骨壺から「イエス・キリスト」は連想すまい。

「第二現場」の今
国分寺七重塔跡、現金輸送車から「多摩五郎」に乗り換えた所。

裕二は新規個人タクシー開業準備のため、年内一杯でタクシー会社を退職するが、
前年度から繰り越された有給休暇を含めて、事実上11月末日で勤務を終えていた。
犯行の前日である12月9日大安吉日、裕二は東村山市役所で転居届を提出していた。
転居先は宮崎県。 サレジオ会が初めて日本上陸を果たした地であった。
東村山の借家は既に退去手続きを済ませ、家財道具などは全て宮崎の施設に搬送済だった。
犯行前夜、体を休めるための布団と、ボストンバッグひとつだけが残された家。
昼食の菓子パンを頬張りながら、裕二はいよいよやって来る「その時」の準備にかかる。
「さあ、今日は忙しいぞ」。

「第三現場」の今
東八道路に面したレストラン「すき家」の駐車場になっている。

人生の戦場に赴く時

裕二は盗難車の他に、自前の白いカローラを、普段の通勤用に所有していた。
勿論この車は犯行そのものには一切使わず、「通勤用」として使用する計画だった。
この車の譲渡証を既にサレジオ会に渡しており、
犯行が首尾通り行けば売却して貰う予定だった。
裕二が白いカローラで向かった先は、「第3現場」である明星学苑付近の空き地であった。
そこに車を停めると、裕二は直近の「栄町交番前」バス停から京王バスに乗り国分寺駅へ。
更に中央線の電車に乗って一駅の「武蔵小金井」から再び京王バスに乗車、
第4現場の小金井本町団地へと向かった。
裕二は手早く紺のカローラ「多摩五郎」のシートを外して、国分寺へ向かった。
そして国分寺七重塔跡付近に「多摩五郎」を停めると、急ぎ足で「恋ヶ窪駅」を目指した。
西武国分寺線を利用して一旦東村山の借家に戻った頃には、もう日没を過ぎていた。
裕二は急いでインスタントラーメンを啜ると、再び「出動」の準備にかかった。
庭の物置の扉を外して、隠してあった「偽白バイ」のエンジンをスタートさせた。
偽物であるだけに「移送」は日没後でなければならなかった。
府中街道を一目散に南下し、第3現場の空き地に到着したのは19時を少し回った頃だ。
「よし、最後の仕上げだ」、
裕二は白いカローラから必要部材と工具箱、シートを取り出した。
ここで「トラメガ」と「赤色灯」、そして白いペイントを施したクッキー缶をバイクに装着、
「偽白バイ」を完成させる作業に取りかかった頃、ポツポツと雨が降り始めていた。
この作業は近隣住人によって目撃されている。

「第四現場」の今
犯人が多磨五郎などの盗難車を保管していた、小金井本町団地駐車場。

眠れぬ夜

自前の白いカローラで帰宅した裕二は、体を休めるために布団に包まっていた。
「やはり眠れない… 仕方がないか」。
翌朝、定刻に自前のカローラで「小金井本町団地」へ出動。
日野市の料理屋から盗んだ、緑色の「第1カローラ」に乗り換えて国分寺へ。
多摩五郎と偽白バイのエンジンをスタートさせておく事。
国分寺北口へ移動、日本信託銀行から現金輸送車が出発するのを見届ける事。
車で先回りし、必ず現金輸送車の前を走る事。
国分寺街道の下り坂で見失うことの無いよう、バックミラーは縦にしておく事。
裕二は犯行の手順を反芻しながら、あることが気になっていた。
「工具箱を現地に置き忘れて来てしまった、それに…」、
「赤色灯の固定が針金だけではグラグラしていたな、念のためガムテープで補強しよう」。
引っ越しの荷造りに使用したガムテープを、ボストンバッグから取り出した。
「上手く行くさ、俺は怖いものなど何も無いんだ、必ず上手く行く…」。
「多摩農協に脅迫状を送ってから、もう何か月も経つ、警察は俺を嗅ぎつけられない」。
「それどころか、一年前の盗難車ですら…、捕まるものか」。
日本犯罪史上最大といわれる「事件」が、間もなく行われようとしている。

報道写真に度々登場していた小金井本町団地の児童公園。
遊具は一新され、あの「ブランコ」もリニューアルされていた。

昭和四十三年十二月十日、午前九時前、篠突く雨。電信柱の陰から、日本信託銀行国分寺支店の様子をじっと覗う男が居た。 銀行の通用口から銀色のジェラルミンケースが運び出されて来た。 犯人の人生で、最も長い一日が始まった。
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