古き国分寺を歩く 第2回 西国分寺駅から尼寺跡へ

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国分寺の古きを訪ねる散歩。
前回は西国分寺駅近くで引き返しましたが、
今回は同駅から古代鎌倉街道を経て、
「武蔵国分寺尼寺跡」と「黒鐘公園」へ。
因みに黒鐘公園は史跡ではありませんが、
私の子供時代の思い出の場所なので、
是非宣伝しておこうと思いました。(#^.^#)

国分寺 尼寺跡壁画

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ここで生きたという 証し

古代への道 国分寺

まずは見づらい地図で申し訳ありません。
本来は縦の看板を横に寝かした形です、
上方向が西、立川方面で、左方向が南、府中方面です。
西国分寺駅から南へ、武蔵野線の線路に沿って歩きます。
目指すのは「尼寺跡」ですが、これまた汚い案内図ですみません。<(_ _)>
武蔵野線ガードに描かれた壁画が見易いので、参考までにご覧ください。
尼寺跡は壁画左端の3つの建物が縦に並んでいるところです。(排水口の泥汚れの所)

古伝鎌倉街道

古伝鎌倉街道

尼寺北方塚

尼寺北方塚

武蔵野線の線路わきから古代の鎌倉街道が保存された場所に出ます。
私が子供の頃から、ここが昔の鎌倉街道であることは知られていましたが、
現在のように史跡として整備されていたわけではなく、鬱蒼とした森の中の泥んこ道で、
いくら腕白坊主といえども、足を踏み入れるのを躊躇ったほど薄気味の悪い所でした。
今では舗装されて足元も良く、車両通行禁止の保全地区となっています。
雑木林の切通を行くと、向かって左手に「尼寺北方の塚}という案内板が見えます。
階段が付けられていますので、登ってみましょう。
なるほど、こんもりとした塚がありましたが、この遺構に関する説明版は見当たりません。
もしかして、古墳? かもしれませんが、不明です。
天気が良いので「北方の塚から、新宿の高層ビル街もくっきりと見渡せます。
雑木林を抜けると、前方に広場が見えます、ここが尼寺跡です。

国分寺 尼寺跡

国分寺 尼寺跡

国分寺 尼寺跡

国分寺 尼寺跡

国分寺 尼寺跡

ここも、昔私は自転車に乗って何回遊びに来たことか・・・。
しかし目当ては隣の黒鐘公園で、「尼寺跡」は影も形も無く、
草茫々の空き地だったように記憶しています。
まさか、あんなに毎日遊んでいた場所が貴重な古代の遺跡であったとは、
毎度のことですが全く知り得ませんでした。
横を走るJR武蔵野線も、当時は国鉄下河原線の時代で、
平日はチョコレート色の電車が1両だけでトコトコと走っていました。

黒鐘公園

黒鐘公園

黒鐘公園

ここで育ったという 証し

黒鐘公園は紅葉が丁度見ごろになっていました。
小学生の頃、ここで爆竹を鳴らして遊んでいたら、
近所のおばさんが大勢集まって来て、大目玉を喰ったことがあります。(^^;
崖線の斜面も当時は泥がむき出しのままでしたが、今ではコンクリート張りになって、
これなら服も汚れず、母親から再度の大目玉を喰うこともないでしょう。(^_^;)
何十年振りかでこの斜面を上ってみました。
上からの眺めは当時と変わりませんが、子供の頃はもっと高い所にいるような錯覚を覚えていたのか、
斜面を一気に滑り降りる時のスリルが、何とも言えず楽しかったことを思い出しました。
懐かしさに胸が締め付けられる思いです。

黒鐘公園

「すべりおりないでください」、昔はこんな看板ありませんでした。
皆自分の運動神経やバランス感覚と相談しつつ遊んでいましたから。
もしそれで怪我をすれば、それは自分の甘さ。
木登りでもなんでも、当時の子供はそうして「自己責任」の概念を学んでいったのですが、
最近の子供は、怪我をすると行政に苦情でも言うのでしょうか?

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