立川について書こうと思うと、
真っ先に頭に浮かぶのは、
広い貨物ヤードを持った駅と駅前のデパート、
そしてそのデパートの屋上から見た立川飛行場の滑走路、
とりわけ飛行場の芝生の緑が幼い頃の思い出として、
眼に焼ついています。
いつか 副都心 と呼ばれる日を
中武デパートと第一デパートは地元企業による百貨店で、
大手デパートと並んで立川では奮闘していました。
中武デパートを前身とするフロム中武は現在も頑張っていますが、
デパート時代とは異なるコンセプトの経営展開となっているようです。
長期間に渡って耐震補強などのリニューアルを行い、先月新装オープンしています。
一方第一デパートは閉店後解体され、ランドマーク「立川タクロス」に生まれ変わりました。
先日久し振りに立川駅前を通り掛かった際、この新しいビルを見上げましたが、
そのスケールの大きさに改めて驚いた次第です。
「立派に成長したなあ、タチカワ!」としみじみ感じました。
多摩都市モノレールの開通に伴う再開発で、立川駅周辺は激変したわけですが、
私が思うに最も激変したのは駅前よりもあの「飛行場」だと思います。
リトルアメリカの今
帝国陸軍航空部隊として基地展開されていたことから、周辺には軍用機を製造する工場が建てられ、
前の記事「リトルヒロシマ」で紹介した変電所跡もこの飛行場絡みです。
敗戦によって米空軍に接収され、暫くの間立川は「リトルアメリカ」になっていました。
私が幼少時に知る立川はこの時代のものです。
まさか公園として整備され、自由に立ちることが出来るようになるとは、
当時誰も想像していなかったでしょう。
その昭和記念公園ですが、訪れた人は御承知の通り、
広大さに加えて自転車で園内を周回できる専用道路や、
バーベキュー施設、子供の遊び場なども整備され、平和な光景が隔世の感を一層増大させます。
昭和天皇在位50周年を記念して計画された公園ですが、その西側の敷地は長い間手付かずのままで、
元米軍施設が廃墟となっている姿を公園内からも観ることができました。
しかし、現在付近を通るとその敷地内には法務省施設の他、立川市の新しい清掃工場が完成間近です。
30年近い時をかけて、ようやく「跡地利用」が完結するようです。
それほど広大な敷地だったのだと改めて感心します。
園内には15000㎡という大きな花畑があり、この公園のシンボルのようになっています。
初夏の頃は「ポピーの丘」、秋には「コスモスの丘」になります。
おっとその前に、夏の花火大会がありました、忘れてはいけません。
コロナで暫く中止されていましたが、次回こそは大輪の花を夜空に咲かせて欲しいものです。
関連記事:多摩のリトルヒロシマ
コメント