多摩総集編 2 由来書き看板集

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多摩には目立った観光地などはありません、
何処でもそうなのかも知れませんが、
静かな注目を集める場所には「案内看板」があります。
このブログを始めるまではそれらを注意深く
読んでみようなどど、思ったことはありません。
おかげさまで記事に使用させて頂いた看板は数知れず。
大概その場で読むのではなくて、写真に撮って、
自宅でゆっくり見るのが私のパターンです。

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時代を造り、時代を運んだ道

暗い世相に僅かばかりの明るい光を与えた武蔵野競技場。
国鉄スワローズ生誕の地へと、夢を運んだ列車。
無残に破壊された中島飛行機の跡地は、プロスポーツ黎明の地になりました。

武蔵野競技場線

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五日市鉄道は、大手財閥の手によって敷設された「企業鉄道」。
今ではその形跡を発見するのは困難ですが、
一部にその記念となるモニュメントが遺されていました。
その昔、ここを列車が走っていたのかと、見渡す限りの田園風景と共に、
その中を往く列車の姿が眼に写るようです。

五日市鉄道

残せば残る、多摩の自然

玉川上水と共に、命を繋ぐ水として重要な役割を担った野火止用水。
散歩道としても、武蔵野の雑木林を今に伝え、忘れた何かを思い出させてくれる。
その役割は当分、いや永久に終わることは無いのでしょう。

野火止用水

この場所を歩ける幸せを感じて欲しい。
この場所が今後もまだ保存されてゆくことを願って欲しい。
小田急多摩線が唐木田駅で終点となっている理由がようやく解った気がする。

小野路

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故郷国分寺を知る 今更だけど

48年前、ここに乗り捨てられた1台の黒い乗用車。
乗り捨てた人物はかの有名なお方。
物凄く有名な人ではあるが、誰もその正体を知らない。
我が国の戦後最大にして、最強のミステリアスな出来事だった。

武蔵国分寺跡

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国分寺と府中の2市にまたがる白明坂(しらみざか)。
その境界を走り、白明坂を分断するもうひとつの坂、
こちらは国分寺と国立にまたがる。
それが多摩蘭坂。
清志郎が歌わなければ、きっと誰も知らなかったはずのダラダラ坂。

白明坂

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